< 性モラルを堕落させた法人資本主義:その2 >
「男のひとがうまい調子で言い寄ってきても、女の子はすぐに股を開いちゃダメよ。結婚するまで処女は大事にとっておくの!」
純潔教育の流れは戦後、どのあたりで崩壊したのでしょうか。
一昔前まで水商売の女性専用といわれた黒いブラジャーやTバック・ショーツ。
今では普通のお嬢さんが好んで身に着けるようになりました。
唐突な意見で恐縮ですが「女性の身体の値段」は高度経済成長以後の約30年間で大暴落したと確信させられます。
1970年代はじめ、大卒初任給が5万円前後のとき、浅草吉原を初めとするソープ・ランドの「本番料金」は1〜2万円でした。
日本全国にある温泉行楽地の芸者さんが同意した、当時の自由恋愛料金は一泊5万円前後だったはずです。(註1)
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売春料金の推移(あくまで推定、単位:円) |
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年 |
大卒初任給 |
ピンサロ&ヘルス |
ソープ・ランド丸代金 |
芸者 |
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1970 |
40,000 |
5〜 8,000 |
1〜20,000 |
50,000 |
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1990 |
190,000 |
7〜10,000 |
20,000 |
50,000 |
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2004 |
230,000 |
10〜13,000 |
2〜30,000 |
50,000 |
(数字は日刊ゲンダイ、東スポ、内外タイムスなどより作成)
これらの店頭公示価格は大卒初任給が23万円前後に落ちついた今日までほとんど変わっておりません。
すなわち「月給の1/3の時代」は30年間に「月給の1/10以下の時代」まで激安化してきたのです。
この急落要因は我が国の高度成長と女性の社会的地位向上、つまり女性の社会進出と就業チャンスの拡大以外に考えられないでしょう。
高度成長以前にさかのぼってみます。
明治の昔から女性は職に就くよりも家庭にはいって良妻賢母になることを求められ、それは昭和になっても変わらず、1960年代の経済成長が始まるまで女性の就業チャンスはさほどありませんでした。
つまり女性を家に縛り付けておくことが我が国の資本主義発展を潜在的に担保したとも理解できます。
すなわち男たちはこれによって安心して外で働くことができたのです。外では禁欲的な労働、性愛は内で満たすという図式です。
この資本主義発展とセックス囲い込みの相関性は明治維新以降に伝わった欧米プロティスタンティズムと資本主義の方程式と考えられます。
我が国にはそれまで武家や貴族階級の奥方を除き、専業主婦という概念が薄かったからです。
資本主義経済の枠組に取りこまれていなかった江戸時代の庶民階級で処女性はさほど尊重されておりませんでした。
西欧社会では宗教革命以後、多くの人びとが修道院の修道士が神の教えに従うごとく、世俗社会で勤勉刻苦、節約、定期的労働を自らに課し、金銭蔑視というキリスト教の教えとは逆説的に、勤倹貯蓄にはげむことになります。
さてキリスト教は愛の宗教というイメージに満ちあふれていますが、その愛は神に捧げられるもの以外を認めない狭量な構造で成りたっております。
ヒトの頭の中を占めている愛情の保有量を神が100%ちかく独占する、愛の独禁法違反なのです。
「神を愛するように、汝の隣人を愛せよ」という教えは、万が一神よりも彼女を優先して愛するようになったとたん崩れ去ってしまいます。
万人のアタマの中身をぐらつかせる性欲こそは、キリスト教の内なる最強ライバルと敵視されるゆえんです。
ですから宗教革命に発する近代資本主義が始まったとき、従前は目こぼしされていた情欲本位の性慣習はご法度になり、愛情と性欲の分離が叫ばれました。
近代文学ではプラトニック・ラブが至高の恋愛ともてはやされ、性欲は厭らしいケダモノ世界の残滓と排除されるようになったのです。
愛する人には結婚するまでキスだけで我慢しなさい、しかしながら男は我慢できないだろうから、性欲処理は売春婦を買って代用品にしたらどうだ、という男女非対称なルールが黙認されました。
若い男たちは娼婦を買うにも結婚するにも計画的な貯蓄を要求されるようになり、定期的な労働は男の性欲を満たす必要対価という社会ルールが確立されます。
くわえて結婚後の夫婦生活も純然生殖行為以外の愛撫やテクニカルな性交はタテマエとして非難されました。
この時、中世社会のように素人娘の婚姻外性交が大きな非難を浴びず、後家さんが若い衆の筆下ろし専門で活躍していたら(つまりタダでヤれたら)、世の男どもは貯蓄意欲を停滞させたままだったでしょう。
金融エコノミストのいう「不特定多数の総意にもとづく市場は自然と無駄なく効率的に動く」の「効率的市場仮説」が発揮され、必然的に売春料金は他の生活諸物価よりも高く設定されたと考えられます。
不適切な表現で恐縮ですが、女性にとっての結婚とは特定者との性交を付帯条件とする永久就職、と受けとめられる時代もあったとご承知ください。
その意味で処女性の尊重とはつまるところ、商品の付加価値を高める損得勘定ともいえましょう。
非処女は傷ものと世間から後ろ指をさされ「マチガイを起こしたら、お嫁に行けなくなっちゃう」あるいは「大丈夫だよ、責任はちゃんと取るさ」という感じで、ボジョレ・ヌーボーのプレミアムはヴィンテージものより優先されたわけです。
女性が自立し、独立生計を営むことのできる職種が極端に少なかった初期資本主義発展段階であったからこそ、未婚女性に強いられた因果にほかなりません。
経済成長のおかげで日本社会は絶対的貧困から解放され、売春などしなくても他の仕事で何とか食べて行ける、という時代に突入していきます。
1972年〜75年にかけて起こった全産業の一律ベースアップは、日本の単純作業労働者の賃金を世界一に押し上げました。
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量販品および外食費の価格推移 |
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年 |
大卒初任給 |
背広 |
腕時計 |
電卓 |
ラーメン |
立食そば |
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1970 |
40,000 |
20,000 |
20,000 |
200,000 |
80 |
50 |
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1990 |
190,000 |
20,000 |
10,000 |
2,000 |
500 |
200 |
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2004 |
230,000 |
20,000 |
1,000 |
100 |
500 |
250 |
上記の右側に書かれたラーメン、立食そばのように「人件費を食べる商品」つまりサービス業の商品価格はぐんぐん上昇したのであります。
ホテルのベッドメイクをする小母さん、荷物運びのベルボーイ、タクシー運転手の月給、マクドナルドやケンタッキー・フライドチキンのパートタイマー時給……
今や我が国のブルーカラー賃金はOECD加盟国の2〜3倍といわれるほど上昇しました。
「嫁に行くか、女中に行くか、身体を売るか」という初期資本主義体制の女性たちが泣いて喜んだはずの、4番目の選択肢が現れたことになります。
この時点で労働力を商品の意味でとらえる価格の裁定機能が働きだし「女の身体の値段」は大暴落したと私は考えます。
裁定機能とは異なる市場において同一商品の値段が大きな価値差を生じたとき、安い市場の値段は高い市場の値段に、高い市場の値段は安いほうへとさや寄せされ、自然とリーズナブルな価格帯に落ち着くことをいいます。(註2)
明治から昭和の高度成長まで、女性が男性に経済的に依存せざるをえなかった時代は、女性の身体の流通価格は高値で安定しておりました。
ところが経済成長の果実は女性の社会進出と自立を促し、商品として放出された身体は、安い交換価値へと下方修正されてきたといえそうです。
さて、新時代に敢えて売春を職業に選んだ女性たちとは、どういった理由で行動しているのでしょうか。
現代の若い女性が売春ビジネスに飛び込む理由として、戦前まで見られた「東北農村の大飢饉 ⇒ 娘の身売り」のような家計の絶対的窮乏は考えられません。
女子中高生の援助交際収益金は化粧品や洋服代や携帯電話使用料に消え、女子大生やOLは資格取得や留学資金を貯めるため、主婦売春は子供の進学塾や住宅ローン返済の費用……
贅沢がしたい、世間並み以上の暮らしがしたい、エルメスやシャネルのバッグが欲しい……。
つまり有史以来初めてといえる可処分所得の向上を目的とした売春に変わってきているわけです。
販売サイドにみられる営業動機の激変と販売単価の暴落はユーザーの購買意識さえも変えたと想像させられます。
何百年も続いた「女を買う金銭感覚」と比較したとき、今日の価格破壊は女体の尊厳を再検討させ、彼女たちが公言する売春事情の激変はユーザーの倫理観をも失わせたと認められるでしょう。
買い手市場の強みを悟った男たちは、タダでやらせてくれるセックス・フレンドを探しはじめて当然なのです。
カタギの若い女性が旧来の西洋売春婦のコスチュームを大歓迎した背景とは?
そうでもしない限り価格破壊真っ最中のプロを相手にアマチュアが有効フェロモンを発揮できないと悟った本能行使と私は想像します。
繰り返しますが日本は先進国のなかで熟練技能と単純労働、汗をかく仕事と知恵を絞る仕事の賃金格差がもっとも少ない高賃金国家といわれます。
前述した就業チャンスの意味でいえば我が国は、世界最速スピードで女性解放を演じた実験社会国家ともいえるでしょう。
個々の家庭で親の躾が悪い、買春をする大人に厳罰主義を、若い子たちは性道徳に無頓着すぎる、マスコミの性情報が氾濫しすぎ……
といった有識者の議論を超越した問題であろうと私は考えます。
それにつけてもアマチュアとプロの境界線があまりに曖昧になった日本の性意識現況。
女子中高生が暴力団の庇護なしに売春できる国、OECD加盟国でHIV患者が漸増している唯一の先進国といわれます。
十年一日の精神訓話で解決できない困った問題なのであります。
(註1)価格比較
江戸時代中期の庶民の月収は1両前後(1両は4分)時価換算で約20万円。
これで5〜8人家族としたら生活は大変だ。中期の遊郭吉原の花魁は並クラスで1分が相場といわれた。
ただしこの金額は本番料金のみで、仕来たり事のうるさい吉原では引き手茶屋や見世の使用人へのご祝儀、仕出し料理など経費がかかり、2〜3分を持参しないと恥をかかされたという。
つまり1回遊ぶために10〜15万円。「素一分 心ほそくも ただ一騎」 (川柳)
最高クラスの太夫とセックスするためには初会、裏、馴染みとあって3度通わなくてはならない。
本番料金は1両1分(約25万円)とされたが2回分の顔見世をふくめた諸経費を計算すると、およそ80万円かかる。
ただし吉原でおはぐろドブと呼ばれる堀に面した最下級クラスの女郎宿は1回3〜5千円。
夜鷹と呼ばれ、川岸や土手でゴザをかかえた街娼は1000円前後といわれた。
下級売春婦は長年娼婦を続けた結果として梅毒罹患者であるハイリスクは言うまでもない。
(註2)裁定機能
さらに付け加えれば価格の裁定機能が効果的に働いた理由として、我が国特有の無定見な情報拡散報道が挙げられます。
我が国のマスメディアは世界に珍しい何でもありの寄せ鍋奉行。
週刊現代やフライデーはイラク戦争や不良債権を論じながら、次ページで「人妻援交サイト、熟れた花芯がプルルン」、夜7時台の視聴者参加バラエティー番組では「彼が中出ししちゃったの」、夕刊フジや日刊ゲンダイでは売春広告が1ページ大に満載……。
ニューズウィーク誌やワシントンポスト紙にA4版で Tits Fucking (パイずり)の写真が掲載されることは考えられません。
さてその半面、刑法175条でワイセツ物頒布を禁じておりますから、ヘアヌードはお目こぼしながら性器公開は絶対不可というタテマエがまかり通ります。
諸外国でカタギのお嬢さんが歌手や俳優以外の、単なる裸のモデルになるということは陰部はおろか性交場面さえも、さらけだす深刻な覚悟が要求されるそうです。
若い女の子がナイスバディーを武器に水着タレントとして売り出すイエローキャブ商法など、外国業者からは夢の隙間産業と羨ましがられていることでしょう。
インターネットで海外アダルト・サイトにアクセスすると日本の特異性が理解できます。
ジャパニーズAVスターと表示されたサイトは100%が修整された内容ばかりです。
ところがアマチュア(Amateur)もしくは女子大生(Coed)と書かれたサイトは性器結合場面のオンパレード。
外国人の考え方では、それなりのギャラをもらって恥部をさらけだすプロの俳優(Pornstar)が出し惜しみながら、アマチュアが小遣い銭ほしさにモラルを踏みにじる不思議の国ニッポン。
そもそも日本製ポルノ・サイトに限って無修整を意味する Uncensored という言葉が氾濫します。
アジア各国のアダルトサイトは百花繚乱。儒教圏の作品は手や衣服やカメラアングルの調整で性器を隠す写真がたくさんあります。
しかし日本製のようにエア・ブラシやモザイクで修正されたAVはありません。欧米人のAV購入者に事前告知の意味で明示するものでしょう。
参考文献
「江戸三〇〇年吉原のしきたり」2004.9、渡辺憲司著、青春出版社
「江戸の性愛学」1998.5、福田和彦著、河出書房新社
「艶本紀行東海道五十三次」1986.1、林美一著、河出書房新社
「売春の社会史―古代オリエントから現代まで」1991.6、ブーロー・バーン著、筑摩書房
「羅漢台」1997.12、小松重男著、毎日新聞社
「間男三昧」1995.10、小松重男著、新潮文庫
「性的唯幻論序説」1999.7、岸田秀著、文春新書
「東電OL殺人事件」2000.5、佐野眞一、新潮社
「少年犯罪と心理経済学」2000.1、村上龍、NHK出版
「日本の地下経済」2002.1、門倉貴史、講談社
「勝者の代償」2002.8、ロバート・B・ライシュ東洋経済新報社